[記事公開日]2016/05/10

天の川は太陽系を含む直径10万光年の棒渦巻型の銀河系宇宙でハーシェルが地図を初作成

天の川を1つの銀河系として初めて地図を作成したのはウィリアム・ハーシェル

私たちの太陽系を含む銀河系宇宙は天の川銀河と呼ばれています。

そして、天の川銀河(銀河系宇宙)は、直径約10万光年の円盤状をした渦巻き型の銀河であることが分かっています。

そこには、2000~4000億個もの恒星があり、近年は、棒渦巻き型銀河とも言われています。

そして、銀河系宇宙(天の川銀河)のような銀河が、少なくとも数千億個以上存在すると推定されていますので、現在では、銀河系宇宙(天の川銀河)は、宇宙にたくさん存在している銀河の中のほんの1つでしかないことが分かっています。

しかし、長い間、天の川が宇宙全体であると考えられていたそうです。

『銀河系宇宙(天の川銀河)は2000億個もの恒星を持つ棒渦巻銀河』、こちらの記事の中でも書きましたが、最初に天の川を望遠鏡で観測し、星の集団であることに気が付いたのは、天文学者のガリレオ・ガリレイであり、天の川全体を調べて太陽系も銀河系宇宙(天の川銀河)に属していることを発見したのはウィリアム・ハーシェルになります。

ガリレオ・ガリレイは1609年に、当時発明されたばかりの望遠鏡を自分で作って天の川を観測し、天の川が無数の星々の集まりであることを確認しました。

天の川が遠く離れた星々からなっているという説を最初に唱えたのは紀元前400年頃の学者デモクリトスだとされていますが、実際に望遠鏡を使って観測したのは、ガリレオ・ガリレイが最初のようです。

ガリレオ・ガリレイは1609年に望遠鏡を使って天の川を観測し、天の川が無数の星々の集まりであることを確認しました。

ガリレオから100年余り後の時代になり、1750年には、イギリスの天文学者トーマス・ライトが、天の川の星々は球状に集まっており、私たちの太陽もそれらの恒星の1つだと考えるようになります。

ただし、トーマス・ライトは、球状の星の内部は空洞であると考えていたようです。

そして、ドイツの有名な哲学者エマニュエル・カントは、トーマス・ライトの説にヒントを得て、1755年に「太陽系が円盤状であるならば、天の川銀河の星々もまた円盤状の形で回転しているのではないか」という仮説を立てています。

それから少し後の時代の18世紀後半になって、ウィリアム・ハーシェルが初めて、天の川を1つの銀河(銀河系)として地図を作成しています。

 

ハーシェルは天王星の発見や赤外線放射の発見など天文学において多くの業績

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ウィリアム・ハーシェルは、イギリスの天文学者・音楽家・望遠鏡製作者であり、天王星の発見や赤外線放射の発見など、天文学における数多くの業績で知られています。

天王星は1781年にウィリアム・ハーシェルによって発見されています。

ウィリアム・ハーシェルにはキャロラインという名の妹がおり、妹キャロラインの協力を得て、その生涯に大小400台以上の反射望遠鏡を作ったそうです。

中でも有名なのは、1789年に作成した、口径120cm、全長12mの巨大な反射望遠鏡であり、この望遠鏡を使って土星の新たな衛星エンケラドゥスを発見しています。

ウィリアム・ハーシェルと妹キャロラインの兄弟二人は、大小様々な望遠鏡を使って、様々な天体観測を行ったようです。

彼らは、天空を流れるミルクの川(ミルキーウエイ)のように集まっている無数の星々をどれも同じ明るさと仮定し、それらの距離を求めていきましたが、そうすると、やがてそこには円盤状の銀河、すなわち私たちの太陽系が含まれている天の川銀河(銀河系宇宙)が姿を現しました。

そして、1788年にウィリアム・ハーシェルが恒星の見かけの明るさを距離に対応付けることで恒星の3次元的な空間分布を求める係数観測を行い、天の川が直径約6千光年、厚みを約1100光年の円盤状の構造であるとし、太陽がそのほぼ中心にあるとしたようです。

天の川を1つの銀河系として初めて地図を作成したのは、ウィリアム・ハーシェルです。

 

天の川銀河(銀河系宇宙)の直径は約10万光年

      ウィリアム・ハーシェルが描いた天の川銀河(銀河系宇宙)の地図

天の川を1つの銀河系として初めて地図を作成したのは、ウィリアム・ハーシェルですが、ただ、ハーシェルたちは、太陽系の近傍にある一部の星々しか観察していなかったため、その大きさを実際の10分の1以下に見積もっていたようです。

ハーシェルの見積もりでは、天の川が直径約6千光年となっていますが、現在では、天の川銀河(銀河系宇宙)は約10万光年(8~10万光年)のディスクと考えられています。

ハーシェルたちは、望遠鏡で見える限りの星を数えていったようです。

ハーシェルは、星は全て同じ明るさを持っていると仮定しましたので、そうすると暗い星程遠くにあることになります。

また、ハーシェルは、星は一様に分布していると仮定して、3次元的にどのように分布しているのかを決めましたが、ハーシェルの決めた星の分布は円盤状になっていて、太陽がほぼ中心にありました。

また、ハーシェルの時代には星までの距離は求められていなかったので、ハーシェルはこの大きさがどのくらいなのかは分からなかったようです。

ハーシェル自身は天の川銀河の大きさを絶対的な距離では表現しておらず、ハーシェルが太陽から最も近い星と考えたシリウスまでの距離を元にして計算してみると、直径約6000光年、厚みが約1100光年となるようです。

ハーシェルが考えた、星は全て同じ明るさであるという点や、星は一様に分布しているという点は、現在では誤りであることが知られています。

しかし、ウィリアム・ハーシェルと妹キャロラインたちは、当時は個々の星までの正確な距離や実際の光度が知られていなかったにも関わらず、夜空を600以上の区画に分けて見える星の数と明るさを記録するという地道で根気のいる作業を行いました。

そして、その結果として、世界で初めて、私たちの太陽系が属する天の川銀河(銀河系宇宙)の地図を作成したことは、偉大な業績であると言えます。

そして、宇宙に銀河系宇宙(天の川銀河)のような銀河がたくさん存在することが分かったのは、つい1920年代のことだと言います。

その後、1958年にはヤン・オールトによって21cm線による電波観測が行われ、これによって銀河系が渦巻銀河であることが明らかになりました。

さらには、1980年代に入ると、銀河系宇宙(天の川銀河)が普通の銀河ではなく棒渦巻銀河であると考えられるようになったようです。

2005年にスピッツアー宇宙望遠鏡によって行われた観測でもこのモデルは裏付けられており、さらには銀河系の棒構造はそれまで考えられていたよりも大きいことが明らかになっているといいます。

銀河系宇宙(天の川銀河)のディスクは直径が約8万光年から10万光年と見積もられているようです。

 

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