[記事公開日]2016/03/11
[最終更新日]2016/04/05

アメリカのアポロ計画では月に宇宙船を送り込むためにサターン5型ロケットを使用

アポロ11号の搭乗員たちを乗せて月へと向かうサターンV。1969年7月16日

アポロ計画では宇宙船を月に送り込むためにサターン5型ロケットを使用

『月の観測史における望遠鏡の時代はガリレオが先駆けとなりアポロ計画の予備調査まで』、こちらの記事の中でも書きましたが、月の観測史における望遠鏡の時代はガリレオ・ガリレイが先駆けとなり、アポロ計画のための予備調査が行われた1960年代まででした。

そして、『月の観測史における探査機の時代は1960年代から始まる』、こちらの記事の中でも書きましたが、1960年代からは、月の観測史における探査機の時代が始まります。

アメリカは月に人類を送り込むために、レインジャー、サーベイヤー、ルナーオービターという無人月探査機のシリーズと、マーキュリー、ジェミニ、アポロの有人宇宙船のシリーズを計画しました。

そして、アポロ宇宙船で人類を月に送り込むために、サターン5型ロケットが使用されました。

サターン5型ロケットは、フォン・ブラウン博士を中心として開発されたロケットであり、アポロ宇宙船を含めると高さ110m、直径10m、燃料を含めた重量は2800トンにもなる、超大型のロケットでした。

高さ110mというのは、スペースシャトルの約2倍の高さになりますので、サターン5型ロケットがいかに超大型ロケットだったかがよく分かりますが、サターン5型ロケットは3段式のロケットで、使い切った燃料タンクやエンジンをどんどん切り離しながら加速していきます。

 

月面から戻ってきた月着陸船は、再びアポロ宇宙船とドッキング

3人乗りのアポロ宇宙船は、月へ向かう途中でサターン5型ロケットの3段目先端部から分離して向きを変え、後方に収められていた月着陸船とドッキングして月周回軌道に入ります。

そして、月周回軌道で2人の宇宙飛行士が月着陸船に乗り込み、月に着陸します。

月面から戻って来た月着陸船は、再びアポロ宇宙船とドッキングし、2人の宇宙飛行士はアポロ宇宙船に戻り、月着陸船を切り離してアポロ宇宙船のみが地球に向かいます。

地球に帰還する時にはアポロ宇宙船先端部の3人乗りの司令船のみが大気圏に突入し、海に着水することになります。

アポロ計画では、このように使用済みの部分を次々と切り捨てることによって、システム全体の重量を大幅に軽減したと言います。

 

1969年7月20日、アポロ11号が史上初の有人月面着陸

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1969年7月20日、アポロ11号が静かの海に着陸し、人類史上初の有人月面着陸に成功します。

月面に降り立ったニール・アームストロング船長は、有名な言葉を残しています。

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。」

アポロ13号は燃料タンクの爆発によって月面着陸を果たせずに引き返しましたが、残り6機のアポロ宇宙船は、月面着陸に成功しました。

このうち15・16・17号ではそれぞれ月面車を搭載し、100kg以上の岩石を採取し、大きな科学的な成果を上げたと言います。

1972年12月7日に打ち上げられたアポロ17号が 最後の月面着陸を行いましたが、地質学者を搭乗させた唯一の飛行だったと言います。

当初の計画では、アポロ20号まで予定されていたものの、予算削減でキャンセルされたと言われています。

 

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