[記事公開日]2015/12/15
[最終更新日]2016/04/09

太陽黒点の周期はバタフライ・ダイアグラムで現れ景気や地震と関連付けられることも

太陽黒点とは

今から約400年前の1612年、ガリレオ・ガリレイは自分で考案した望遠鏡で太陽を観察して、太陽の”あばた”としての黒点を観測していたと言います。

そして、数日ごとの詳細なスケッチを残し、太陽黒点が太陽の表面に貼り付いているものであり、27日で1回転していることを明らかにしました。

また、太陽黒点は、形を変えながら結局は薄くなって消えていくこと、さらには、赤道付近の黒点の方が極に近い黒点よりも速く回ることを発見したようです。

これによって、ガリレオ・ガリレイは、太陽はアリストテレス哲学が主張するような完全性・不変性のものではなく、活動的で変化するものであることを示しました。

太陽黒点は、太陽の”あばた”とも言えるものであり、太陽が活動的で変化するものであることの一つの象徴とも言えるものかも知れません。

太陽黒点とは、太陽表面を観測した時に黒い点のように見える部分のことであり、単に黒点とも呼ばれます。

太陽の光球には、黒点や白斑と呼ばれる光度の極端に異なる部分が観測されますが、太陽黒点は、実際には完全な黒ではなく、この部分も光を放っているそうですが、周囲よりも弱い光なので黒く見えるそうです。

太陽黒点は実際には黒色ではなく、周囲の細胞状の対流によってできる「粒子斑」に比べて温度が1500度ほど低いだけであり、黒点自身はなかりの輝きを持っていると言います。

太陽黒点の発生原因は、太陽の磁場であると考えられており、黒点の数の増減は、11年前後の周期で起こり、太陽の活動周期と密接な関係があるようです。

そして、太陽黒点の周期は、蝶の羽根の形をした図(バタフライ・ダイアグラム)になるようです。

 

太陽黒点の周期はバラフライ・ダイアグラム

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太陽黒点は、数の少ない黒点極小期には南北の30度近辺に現れて次第に数を増しながら、極大期には緯度15度近辺に多数出現するとのことであり、緯度0度から南北40度までを「黒点帯」と呼びます。

これは、太陽プラズマの赤道近くの強い流れによって太陽内部の磁力線が光球面の外に浮き上がってくることによるものだと言います。

そして、太陽黒点の出現する緯度の時間変化を描くと、蝶の羽根の形をした図(バタフライ・ダイアグラム)が得られるそうです。

バタフライ・ダイアグラムとは、太陽の表面に出現する黒点の時系列による出現緯度の分布図であり、1922年、英国の天文学エドワード・マウンダーが発見したものになります。

太陽黒点は、南北の緯度10度を中心に分布しますが、約11年周期で増減を繰り返し、黒点数が少ない時期には比較的高緯度まで分布し、時間が経つに従って黒点数が増加し、低緯度側に分布するようになります。

この分布図が、蝶が連続して現れるように見えることから、バタフライ・ダイアグラムという名称が付けられたと言います。

発見した天文学者マウンダーにちなんで、マウンダーの蝶形パターンとも呼ばれます。

太陽黒点は、「先行黒点」と「後行黒点」の2つで対になって出現し(「黒点対」と呼ばれます)、黒点の磁場は数千ガウスに達するようです。

太陽の活動レベルや黒点変化は11年周期ですが、さらに長期的な変化もあり、太陽黒点については、景気循環や地震との関係性を指摘する声もあります。

 

太陽黒点は、景気循環や地震との関係性も指摘されている

景気循環論のひとつに、景気循環と太陽黒点周期の関連を主張する太陽黒点説というものがあります。

著名な太陽黒点説論者としては、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズがおり、ジェヴォンズによれば、太陽黒点面積の増減は10年から11年ほどの周期があり、穀物価格の騰貴、下落にもほぼ同様の周期があり、恐慌の発生にもまた同様の周期があると言います。

また、近年、地震活動と太陽黒点周期(太陽活動)の関係を指摘する研究発表も一部で行われています。

ただ、両活動における比較期間などの精度が十分でなく、また太陽活動(太陽フレアなど)に因る影響は地球の磁気圏により大部分が遮られ地球内部まで到達しているとは考えにくいため、疑問視する声も出ているとのことです。

しかし、太陽黒点の活動が、私たち人間に何らかの影響を与えているということは、充分考えられることだと思われます。

 

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