[記事公開日]2016/05/09

宇宙は有限ではなく無限であり地球や太陽も星々の1つだと考えたジョルダーノ・ブルーノの名言

 思想の自由に殉じた殉教者ジョルダーノ・ブルーノは火刑に処せられた

太陽系宇宙ではなく無限の宇宙を提唱したジョルダーノ・ブルーノ

『プトレマイオスが体系化した天動説を地動説へと転回したコペルニクスとガリレオ・ガリレイ』、こちらの記事の中でも書きましたが、プトレマイオスが体系化した天動説(地球中心説)を地動説(太陽中心説)へと転回させたのが、1543年に主著『天体の回転について』を著したコペルニクスであり、17世紀に活躍したガリレオ・ガリレイは、当時発明されたばかりの望遠鏡を使った観測により、地動説を唱えました。

そして、『ニュートン力学の「万有引力」や「運動の3法則」は宇宙と物理の見方を一変させた』、こちらの記事の中でも書きましたが、ドイツの天文学者ヨハネス・ケプラーは、太陽系の惑星の動きには、共通の性質があることを発見し、1619年に惑星の運動に関する法則としてケプラーの法則が発表されたことにより、コペルニクスが唱えた地動説と観測とのズレが解決され、地動説の優位は揺るぎないものとなりました。

しかし、コペルニクスやケプラーの時代、人々にとっての”宇宙”というのは太陽系だけであり、あくまでも太陽系宇宙のことでした。

地動説(太陽中心説)を唱えたコペルニクスも、あくまでも宇宙の中心を地球から太陽に置き換えただけであり、宇宙は星々が散りばめられた天球に囲まれた有限の世界と考えていました。

しかし、コペルニクスよりも少し後の時代の16世紀後半に活躍したジョルダーノ・ブルーノは、当時としては画期的な考え方をした人でした。

それは、地球も太陽も特別な存在ではなく、宇宙に無数に存在する星々の1つにしか過ぎないという考え方であり、ジョルダーノ・ブルーノは宇宙を無限のものと捉えたのです。

 

地球や太陽は宇宙で特別な存在ではないと主張したジョルダーノ・ブルーノ

ジョルダーノ・ブルーノは、16世紀後半に活躍したイタリア出身の哲学者であり、ドミニコ会の修道士でもありました。

ジョルダーノ・ブルーノは1548年生まれですが、その数年前の1543年にコペルニクスが亡くなりましたが、彼の主著『天体の回転について』が出版され、地動説(太陽中心説)が唱えられることになりました。

ジョルダーノ・ブルーノは、コペルニクスの地動説を擁護しましたが、コペルニクスよりもさらに壮大な宇宙を想定した人物でした。

地動説(太陽中心説)を唱えたコペルニクスも、あくまでも宇宙の中心を地球から太陽に置き換えただけであり、宇宙は星々が散りばめられた天球に囲まれた有限の世界だと考えていました。

コペルニクスは宇宙には不動の中心が存在するという概念も持ち続けており、中心にふさわしいのは地球よりも太陽であると考えていたようです。

しかし、ジョルダーノ・ブルーノは、「世界の中心は地球か太陽か」などという議論を超越して、宇宙には果てがなく無限であり、宇宙の中心などどこにも存在しないという立場をとった人物であり、当時としては画期的な発想を持った人物でした。

ジョルダーノ・ブルーノは、地球が惑星の1つであるならば、太陽もまた天球に輝く星(恒星)と同じものではないかと考えたようです。

そして、ドミニコ会の修道士であったジョルダーノ・ブルーノは、神が創造した宇宙には果てがないと考えました。

 

ジョルダーノ・ブルーノは、宇宙には地球と同じような世界がたくさん存在すると考えた

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ドミニコ会の修道士であったジョルダーノ・ブルーノは、神が無限の存在である以上、無限の宇宙を創造することはなんらおかしなことではないとして、神が創造した宇宙には果てがないと考えていました。

ジョルダーノ・ブルーノは、宇宙と時間は無限であり、地球も太陽も特別な存在ではなく、宇宙の星の1つにしか過ぎないと考えていました。

太陽も決して特別な存在でなく、数多くある恒星の中の1つにしか過ぎないということであり、ジョルダーノ・ブルーノは太陽を惑星が囲む太陽系のようなシステムは宇宙の基本的な構成要素であると考えていたようです。

そして、宇宙には地球と同じような世界がたくさん存在すると主張したのですが、これは、宇宙の中で地球だけが生命の存在できる空間であるという当時のキリスト教的宇宙観を覆すものでした。

ジョルダーノ・ブルーノにとって神とは心の中に内在する存在であって、宇宙のどこかにある天国にいて地球を見ているものではなく、神が宇宙の一部だけに特別に心を配ることはないと考えていました。

ジョルダーノ・ブルーノは、アリストテレス以来、伝統的に信じられてきた「自然は真空を嫌う」ことを信じていたため、無限宇宙が「純粋気体」、言わば「エーテル」で満たされていると考えていたようです。

また、彗星は神の意志を伝える役割をもって天界から到達するというのもジョルダーノ・ブルーノのアイデアとされています。

 

宗教裁判で火刑にされたジョルダーノ・ブルーノの最後の名言

ジョルダーノ・ブルーノの宇宙論で特筆すべきことは、それまで信じられていた宇宙が特定の中心から広がる階層球によって成り立っているという考え方を否定し、地球も太陽も宇宙の1つの星にすぎないと主張したことにありました。

そして、「地球自体が回転しており、それによって地球上からは見かけ上天球が回転しているように見える」という画期的な考え方を持っていたジョルダーノ・ブルーノは、宇宙が有限であると考える理由はなく、恒星は宇宙の中心から等距離に存在していると考える理由もないと主張しました。

ジョルダーノ・ブルーノに天文学の知識は乏しく、彼の主張を裏付ける科学的な証拠もありませんでした。

そして、宇宙には地球と同じような世界がたくさん存在すると主張した彼の見方は、当時のカトリック教会からは異端とされ、ジョルダーノ・ブルーノは最後には宗教裁判により火刑に処せられ、1600年にこの世を去ることになります。

しかし、彼の死後まもなく、17世紀に発明された望遠鏡によって遠くの天体を観測できるようになると、太陽も星の1つであるという見方が科学者たちの間にも広まりました。

そして、1838年、ドイツの天文学者フリードリヒ・ベッセルが、星までの距離を初めて測定し、星が非常に遠方にあることを明らかにしました。

フリードリヒ・ベッセルは、星の位置が季節によってわずかにズレることに注目し、その”ズレ”(視差)から「白鳥座61番星」までの距離を求めたのだと言います。

ジョルダーノ・ブルーノは、当時としては異端であり、異端であるとの判決を受けても決して自説を撤回しなかったため、火刑に処せられ火あぶりにより亡くなることになります。

決して自説を曲げようとしなかったため、ジョルダーノ・ブルーノは、思想の自由に殉じた殉教者とみなされることもありますが、火刑に処せられる時に名言を残しています。

懺悔の為の十字架にはそっぽを向き、死刑執行人に対して「私に死を宣告したあなた方の方がふるえているではないか。本当はどちらが正しいのか分かっているのではないのか?」と言ったとのことです。

さらには、火を付けられても、悲鳴1つあげなかったとも伝えられています。

決して自説を曲げようとしなかったジョルダーノ・ブルーノという人物は、まさに、思想の自由に殉じた殉教者と言える人のようです。

 

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